Pure & Cool
喫茶店兼ライブハウス『Ocean Blue』。
今の時間帯――まだ明るい――は喫茶店としての機能しかない。
その中で、従業員がせわしなく動いていた。
ここ数日で一番の客入りがあったからだ。
「マスター、はいオーダー」
一人の青年がここのマスターにオーダー表を手渡した。
数年前からここのライブハウスに出入りしている、藤城涼という青年だ。
ダーク・グリーンの髪に、明るい黄色の瞳が印象的だ。
涼は今現在専門学校に通う学生の身。
だが、すでにその先のことは決まっているのもだからこのように学業ではなくバイトに精を出している。
それと、もう一つ。
バンド活動だ。
今はまだ決まったグループに所属しているわけでなく、助っ人として出ている。
涼が扱う楽器はベース。なぜかその音は他のよりも力強く、だが柔らかく耳に響く。
「おー、そうだ。涼、‘Kill’のやつらが来たぞ。またベースやってくれって」
思い出したかのように言ったマスターのその台詞に涼は一瞬だけ表情を歪めた。
別に助っ人を頼まれるのが嫌なわけではなく、この‘Kill’というグループのことを好かないだけで。
「あー……。マスター、今日はちょっと……」
そういうわけで、何か断る理由を考えながら口を開いた。
ベースを扱う人間なんてここにはいっぱいいるだろう、とも思いながら。
と。
その横から、青年が1人、口をはさんだ。
「マスター、腕の立つベースの人、いないかな?」
短めの茶髪に明るいオレンジの瞳が目立つ青年だった。年は涼と同じか少し上くらいだろう。
そう聞かれたマスターは無言でその青年の斜め後ろにいる涼を指差した。
青年がその軌跡をたどると、涼と目が合った。
「いいだろ、涼。あそこのはやりたくないんだろうから」
にやり、と唇の端だけを吊り上げて。
その意地悪い笑顔に苦笑で返すと、前にいる青年に目をやった。
「そっちがよければ、参加させてもらいたいけど?」
少し様子を見るような感じで。
それに返すように、
「こちらこそ、大歓迎だよ。僕は斉木純。君は?」
右手を差し出して。
涼はその手を握り返すと、
「藤城涼。よろしく」
自信満々の笑みで。
このとき、か弱き翼が彼らの手を掠めた。
不確かな感触、だが確かにそこに存在するそれを……。
§ § §
Ocean Blueを出入りするバンドの大多数はコピー・バンドだ。
今回涼が助っ人に入ったバンドもその例に洩れることなく。
本来ならば助っ人を頼むことなくできるはずだったが、ちょうどこの日にベースの人が風邪をひいてしまったらしく、助っ人を頼まざるを得なくなった、というわけだ。
普通、コピー・バンドとは言え、多少の練習は必要なのだが、ここでやったのがいままさに絶頂期と言っていいほど有名なものだった。だから、練習の必要もあまりなく、これだったら涼も幾度となくやってきたものだったから比較的楽に終わった。
この「助っ人」は簡易のアルバイトのようなものとOcean blue内では認識されており、そのため、終わればそれに見合った報酬が渡されるのが普通だ。
その報酬の大体が“奢る”という至極単純なもの。
実際いまもOcean Blueの片隅で、涼を含めた4人でグラスを傾けていた。
ただなんとなくだが、涼は居心地の悪さを覚えていた。
どことなく暗い空気が流れている。
と。
純が伏せていた目をゆっくりと上げた。
ほとんど飲まれることのなかったグラスがためらいがちに置かれ。
「……じゃ、あ。約束通り、……今夜で」
掠れ気味の音で。
一度そこで切ると、深呼吸した。
「いままで、ありがとう。これからも、がんばって……」
そう言うと、ギターを持ち立ち上がった。
この流れを見て、涼は内心舌打ちを打った。
よく引退ライブを目にすることはあったが、それに関わることはいままでに1度もなかったのだ。
まさか逃げるために引き受けた助っ人ライブがそれだとは考えもしないわけで。
頬杖をつき、純の姿が消えるのを待って。
「……んじゃ、俺もそろそろお暇するか。あんたらもがんばってねー」
残っていたグラスの中身を空にして、立ち上がった。
内心ではこんなことに巻き込まれたくない気持ちでいっぱいだろう。
涼の見立てでは、この2人は純がいなくともやっていけるほどの実力はある。
ただ、いままでのような人気はなくなるだろう、という考えも頭の片隅を掠めて。
壁に立てかけていたベースを持つと、ひらひらと手を振ってその場を離れた。
2人に気づかれないように、小さくため息をついて。
Ocean Blueから出るための階段の横に、人影が1つ。
純だ。
そこに座り込み、まるで人を待っているように。
と。
背後から階段を上がる音が響いた。
立ち上がり、階段を覗くと、緑色の頭が見えて。
すぅ、と息を吸うと、
「藤城さん」
先ほどの掠れた音とは違う、はっきりとした声音で。
呼ばれ、気だるげに目を前に向けた。
「斉木、さん……?」
先ほどの引退ライブ――と、涼は思っている――の主役でもあった純がそこにいて。
少し歩調を速め、階段を上りきって。
どうしたのか、と聞くために口を開きかけた瞬間。
「ちょっと、お話いいですか?」
純が先に話題を切り出した。
いま抜けたばかりのメンバーと顔を合わせたくないのか、場所を近くの公園に移して。
やはり、涼はどこか居心地の悪さを覚えていた。
時たま見ていたバンドとはいえ、初めて助っ人に入り、そしてそれが引退ライブとなったのだから当たり前だろうが。
さてどうするか、などと考えていたら、
「突然だけど、僕と組まない?」
軽く言い放って。
一瞬だけ、思考が止まった。
「……って、引退じゃないのか!?」
夜空に涼の声が響き渡った。
その声に一瞬きょとん、とした表情をして、
「え……、あぁ。あれは契約期間が今日までだったからで。まだまだ僕は現役でいきますよ!」
納得したように握りこぶしを作って。
その姿を見て涼は呆れたようにため息をはいた。
「ま、ぁ……。俺もそろそろ固定バンドにつくか、引退か、って考えてたからなぁ」
ふっ、と笑うと、立ち上がって。
「それに、アナタのギターの音、……好きだしね」
長い前髪をかき上げるようにして。
純の前まで行くと、右手を差し出した。
「これから、よろしくな。……純」
返事に満足したのか、満面の笑みで右手を握り返して。
「こちらこそ、よろしく。……涼!」
か弱き翼は彼らの手に。
飛び立つことのない、翼を……。
ただただ弱々しく羽ばたく翼を彼らの中に……。
あとがきっぽく…
言い訳です(ぇ
Freedom Wingを書くのにいったいどれくらいかかってるのか…
しかも、これ無理矢理終わらせた感が…
ごめんなさい_| ̄|○
もっと練習しないとなぁ…