一人の少年は、途方にくれたように幼馴染の顔を見つめた。
少年の名は、五十嵐雅輝。まだ中学生にもかかわらず、その身長は高く、180近くはあるだろう。
「な? お前の声なら、みんな納得するからさ」
雅輝の視線の先には、四歳上の幼馴染・白坂誠がいた。
「でも、俺……」
戸惑いで声が揺れている。
「高校は大丈夫だろ? 持ち上がりなんだからさ。な、頼むよ」
つい先日から大学に通い始めた幼馴染がこんなことを言うことが、雅輝にはいささか信じられなかった。
誠はクラシック系の音楽以外に興味を示すことはほとんどなかった。
さらに言えば“歌”を売り物にしている者たちは嫌悪するほどと言っても過言ではない。
それにも関わらず、だ。
いま誠は雅輝のことをバンドのヴォーカルに、と誘っているのだ。
そんなやり取りが行われたのが、つい2日前。
今、雅輝はその誠がキーボードを務めるバンドの演奏を見に来ていた。
もともと雅輝は音楽に興味を持っていた。
実際、誠に誘いを受けたときにすぐにでも引き受けたかったという本音もある。
だが、自分のような“音”を何も知らないような輩がそれをやっていいのかと考えてしまったのだ。
場所は、半地下にあるライブハウス。
ちょうどライブがはじまる時間になって入ったからか、すでに中は熱気がこもっていた。
キョロキョロと周りを見ると、すぐに幼馴染の顔を見つけて。
「ぁ……」
声を出しかけて、寸で止まった。
なにやら真剣な顔をして彼を含めた3人で話しているところを見てしまったから。
邪魔にならないようにと壁に寄りかかりながら所在無さげに視線を動かしていると、今まで真剣な顔をしていた誠と目が合った。
人ごみを掻き分けながらこちらに近付いてくる。
雅輝はそれをただ呆けた顔で見て。
「やっぱ来てくれたか! ちゃんとみてろよ〜」
にこやかに笑いながら、雅輝の手を取ると来たときのようにもとの場所に戻って。
そこに居るのは、先ほどまで誠と話をしていた2人で。
1人は、茶髪で優しそうな空気を纏っていて。
もう1人は、深緑の髪でどこか厳しそうな雰囲気だ。
「こいつが雅輝。これでもまだ中学だぜ? デカイだろ」
笑いながら、2人に雅輝のことを紹介して。この口ぶりだと前々からこの2人には雅輝のことを話していたのだろう。
雅輝は軽く頭を下げた。
「で。こっちがリーダーでギター担当の純くんで、そっちがベース担当の涼くん」
今度は雅輝に2人を紹介して。
ちらり、とそちらに目を向ければニコニコ顔と無愛想顔が見えて。
「キミが雅輝くんか。誠から話は聞いてるよ。じゃぁ……、今は時間がないからまたあとで話をしよう」
ニコニコ顔のほう――純がよろしくとだけ言うと、奥の部屋に引っ込んで。
涼といえば、一瞥くれるだけで何も言わなかった。軽く溜め息を吐いたのが聞こえた。
誠はその2人について行って、奥の部屋に入っていった。
扉を閉める直前に振り返り、
「ちゃんと見てろよ〜」
念を押すように。
戸惑いつつも小さく頷くと、それを確認してから扉を完全に閉じた。
ただ呆然とやり取りを受け流していた雅輝は、軽く息を吐くと手近な壁に寄りかかった。
――あ〜……、やっぱり来るんじゃなかったかなぁ……
ちらりと横目でステージを見つめて。
ステージ上ではすでに準備が整ったのか、ギターを持った2人組みがスタンバイしていた。
なにやらマイク越しに言っているようだが、いまの雅輝にとってはどうでもいいことで。
最後に聞こえた声は、最近名を上げてきたシンガーソングライターの名前と最近出たシングル曲だった。
それなりに興味を持っているものの、その2人組みにはシンガーソングライターの曲はどうもマッチしていない。そのせいで聴く気が完全に削がれ。
面白くなさそうにまた溜め息をつくと、突然真横から声をかけられた。
「そんなにここは面白くないか?」
どこか笑いを含んでいて、このような場所には似つかわしくない落ち着いた大人の男性の声で。
驚いてそちらを振り返ると、優しい雰囲気を持つ灰色の瞳と目が合って。
自分も長身のほうだとは自負しているが、彼の頭の位置はそれよりさらに上で。
「あ……」
慌てて声を出そうとした瞬間に、目の前に立つ男性が口を開いた。
「まぁ、あいつらは最近入った奴等だからな。次の“Freedom”なら面白いからまだ見てるといいぞ」
そう言うと、ひらひらと手を振ってその場を立ち去った。
壁から背中を浮かせた状態で、呆けた顔をして。
雅輝は、そのFreedomを見に来たんだけどなぁとぼやいて。
と。
ステージを中心に、場の雰囲気が豹変した。
その空気に流され、ステージに目をやると、真っ先に視界に入ったのは誠で。
他の2人よりも多少後に下がっているものの、見劣りすることなく。
『まずは、Nuage Noirの“緋の泉”聴いてくださ〜い』
マイク越しにそう言ったのは、ギターを手にしている純で。
雅輝がいま最も興味を持っているグループの曲だった。
ベースの音からはじまるその曲。
ミスタッチすることもなく流れるように。
ふ、と。
ステージの上を見れば誠と目が合って。
その顔には自信満々な笑みが浮かんでいる。
歌に入ると、笑みが浮かんでいた表情は真面目なものに一変して。
どうやらリード・ヴォーカルを務めるのはベースを持つ涼のようだ。
ぼぅ、とただ聴いているだけでも、彼らの実力は如実に現れる。
顔や事務所の名前だけで売っているようなバンドよりもその力は遥か上だろう。
“緋の泉”が終了し、その後も彼らのオリジナル曲と既存曲を数曲やると、誠がマイクを持って2人の前に出てきた。
『えぇと。本当はこれで終わりなんすけど』
一言。
その一言でライブハウス内では軽いどよめきが起こった。
いつも、Freedomは毎回演奏する曲をどこかに掲示している。
くるりと周囲を見回して。
『ちょっと今日は試したいことがあるんで、もう一度Nuage Noirの“緋の泉”を聴いてください』
彼らはどんなにアンコールされても最初に決めた曲数以上をやることはない。
それにも関わらず、だ。今回に限っては1曲増やすというのだ。
そう言うと、そのままマイクを置くとステージから降りた。
真っ直ぐ歩み寄ってくるのは、雅輝の所で。
「ってことだから。歌え」
ポン、と肩に手を置いて。
いつものような笑みを浮かべている。
呆けた顔をしたのは一瞬で。
「……って。なんで俺!?」
わめく雅輝を無視して、背中を押しながら、
「こうでもしないとお前やってくれないだろー。だからだよ」
いつもの笑みとはまた違う、小悪魔のような笑みを浮かべて。
どうにかしてそれから逃れようと暴れているものの、何故か自身より小柄な誠に全てにおいて勝ったことはなく。
「それに、“緋の泉”だったら歌詞完璧だろー。カラオケだと思って思いっきり歌え」
ケラケラ笑いながら。
前を見てみれば、ステージが目の前に迫っていて。
少し視線を上げれば、2つの顔が見えた。
1人は先ほどと変わらずニコニコ顔のままで。もう1人といえば、さっさとしろと言わんばかりの表情をしている。
後を振り返れば、やはり背中を押し続ける誠がいて。
ステージのすぐ前で後の力に逆らって、立ち止まった。
周りの観客――先ほどまでは自分もそうだったはずだが――の視線が突き刺さって。
もう一度、ステージ上と後を見た。
全然変わらない表情の3人。
はぁ、と溜め息を吐くと、意を決したようにステージに上って。
誠もすぐにステージに乗った。
「……どんなことになっても知らないからね」
3人にそう言うと、どうにでもなれといった気持ちでマイクを取った。
最初と同じように、ベースの音から始まり。
ギターとキーボードが同じタイミング入る。
そして、その後すぐに雅輝の声がライブハウス全体に大きく響いた。
§ § §
とんとん、と階段を降りてすぐのテーブルには見慣れた顔が並んでいて。
また遅れてしまったかと口の中でうめいた。
「ごめーん。遅くなっちゃった」
いつものように、そう言って。
その声に3人全員が振り向いて。
最初に口を開いたのは、
「お前なぁ。遅れるなって何回言ったと思ってるんだ!」
高い位置にある頭を叩いた、誠だ。
痛い痛い、と何度も言いながらも、本気の力で叩かれてるわけでもなく、顔は笑っていて。
「まぁ、雅輝が遅れることは当たり前って思って」
そう言ったのは、緑髪の青年――涼だった。
「それより、ドラムどうするんだよ? 今日入ってもらう予定のヤツ、来れなくなったんだろ?」
コーヒーを一口含んで。
横目で見たのは最後の1人、純で。
「マスターに頼んでおいたよ。そしたら、今日いいやつが来るからそいつを使えって」
同じように、こちらは紅茶を飲みながら。
と。
「連れてきたぞ」
突然背後から聴きなれた声がした。
振り返ると、そこにはマスターと、1人の少年がいて。
「それなりに腕はあるほうだからな。まぁ、あとのことはコイツ本人に言ってくれ」
どん、と少年の背中を叩いて。
それに押し出されるように1歩前に出たのは、紫色の髪を持っている少年だった。
「えぇと……。ゼロ、です。よろしくお願いします」
4人に軽く頭を下げて。
口々によろしく、とたった一言の挨拶で終わった。
このとき彼らは気付いていないだろう。
彼らの“自由の翼”の最後の1ピースになるのがこの少年だということを。
さぁ、いまこそ翼を探しに飛び立とう。
あとがきと書いて言い訳と読む
やっとできました
いったいこれ書き終わるのにどれほどかかったことか…
雅輝も誠もキャラとしては好きなのですが、書きにくいったら…_| ̄|○
こんなものを読んでくださってありがとうございます(´・ω・)